syncのにっきver3.0

syncが思うことを色々と。

氷河期の時代に、トンネル(「けものみち」)を通った方が近道だったのかも

スポンサードリンク

通過儀礼をスルーしているからこそ、大胆に行動が出来る

まだ先日のレスが出来ていないのですが、思ったことがあるのでこちらを先に書きます。

氷河期を知らない - 雑種路線でいこう

正直なところ就職氷河期とか意識したことはない。だいたい誘われて働いたことしかないので就職活動をしたことがない。大学に入って最初の2年近くはフリーランスで仕事していたが、それじゃ先輩から教わることも難しいし自分の持つ限られた知識でしか仕事できないから伸び悩むだろうと感じていて、当時の副社長から誘われた縁で前の会社に入った。最初は週2日くらい顔を出す契約だったのだが、3ヶ月目くらいに火のついたコンサル案件の立て直しで1ヶ月ほど会社に泊まり込んだ。

梅田望夫氏(id:umedamochio)が言うところの、「けものみち」を歩きながら今の地位を築かれたid:mkusunokさんのエントリを見て思った。
氷河期の時代、トンネル(「けものみち」)を通った方が近道だったのかも。
だって、普通に正攻法で就職活動をしていると避けては通れない

  • 面達
  • リクナビ
  • グループディスカッション
  • ○○社企業セミナー
  • 学歴フィルター
  • 就職活動に関する様々な噂
  • 面接官は控え室でも受験者を見ている
  • 履歴書に捺印する印鑑が曲がっているとそれだけで落とされる
  • ○○百貨店の写真室は撮影と修正が上手で印象の良い写真が撮れるので、通りやすい

のような項目を全てスルーして、就職活動に対するトラウマが無い訳だし。

苦労して、トラウマを持っているから、「退職願」を出すことに異様に精神的抵抗があった。
それが正攻法で就職活動をしていたロスジェネ世代なんだと思う。

「けものみち」を意識したことも

そんな僕にも一瞬だけ「けものみち」を意識した時代がある。

僕は大学3年の時から修士卒業までベンチャーのISPでバイトとしてサポセン勤務をしていた。
Windowsと大学のAIX端末をユーザーレベルでしか知らなかった僕が、ソフトバンク系の雑誌に付録で付いていた、

などのインストール方法を電話向こうの初心者に必死で教えるところからはじめたが、最後は土日のスーパーバイザー役を務めるところまで登ってきた。
Y2Kもその会社のオフィスで迎え、何事もなく2000年1月1日の午前3時を迎えたことでようやく祝杯を挙げた物である。

2000年と言えばITバブル真っ盛り、その会社もポータル事業に乗り出し、店頭公開へ走りつつあった。
ネオむぎ茶事件より前の2chのサーバをまるまる自社でホスティングして知名度を上げようという話もあった。実際、上司の机の上には「ひろゆき」の名刺も有った。

その時に社長から「うちに来ないか?」と半ば冗談交じりだが言われたのだ。

同じ頃今の会社に教授推薦で内定は貰っていたが、正直悩んだ。
既に同業他社は店頭公開したところもあり、そこでストックオプションを獲得して、億単位の冨を築いた人もいたと聞いた。

しかし、内定を既に頂いていた今の会社は大手且つ教授推薦の企業だったので、安定とチャレンジを天秤に掛けて僕は今の会社を取った。

結局その会社は店頭公開にはたどり着けずに、種々の事情で逆に2001年にはISP事業を撤退することになった。
*1
僕の修士修了と同じ時期にバイトは全員解雇された。

結果としてその時の「選択」としては正しかったことになるのだが、もし今の会社を蹴ってかつ修士修了と同時に解雇されて「けものみち」を歩んだら人生はどうなったのだろうか?

その結果は誰も知る由は無いが。

*1:余談だが当時2ch ISP板では惜しまれつつ撤退したISPとして、僕はその会社で4年間勤めていて、顧客満足を意識しながら仕事をしたことは良かったと思ってる。

スポンサードリンク