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syncのにっきver3.0

syncが思うことを色々と。

小市民からの回答(本文)

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結局、成功者は自己責任論で一致した印象を受けました

  • dankogaiさん

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51009734.html

一つ聞いておきたいのは、なぜこの入社二年目の時に辞めなかったか、ということ。
逆算するとこの時、君は27歳。転職適齢期だ。
こんないびつな組織が回らない、というのがわからなかったのだろうか。
それとも、転職が怖かったのだろうか。

教授推薦でかつ大学OBのリクルーター経由で今の会社には入りました。
リクルーターは配属された部署のボスであり、入って1年や2年で辞めると今後の大学の後輩からの会社への推薦がされなくなると言う問題があります。
それに加えて、リクルーター兼ボスへの義理もあって「辞める」という選択肢は頭にはありませんでした。

そして、デスマーチプロジェクトの最中に居るときに辞められなかったのは、既に鬱状態になっており、判断が困難になっていたのだと思います。

しかし、どんな会社にどのように勤めるかは、選ぶ事が出来る。
その意味では、君の今も過去の君が果たした、あるいは果たしそびれた自己責任の結末ではある。

確かに2000年の時点で、「けものみち」に進む道と今の会社に入るという2つの選択肢がありました。
そこで後者を選んだ僕は僕の選択であり、その責任はあると思います。
職業選択の自由は憲法で保証されているのですから。

やむなく内部告発することに。
結局、退職を余儀なくされることになり

厳しい言い方だけれども、君は今の君の境遇を会社という他人のせいにしたくてしょうがないようだ。

そのまま行けば、多分次の会社でも「やむなく仕事をした」あげく「退職を余儀なく」されることになるのではないか?

カウンセラーの先生からも「syncさんはよく「〜された」って受け身の表現されますよね。」「これからは「私が〜したい」という考え方にしてはどうですか。」と指摘されています。

他人のせいにして、そこに全ての罪を押しつけてしまおうとして自分の精神の安定を図っているのだと思います。

今まではそういう被害者意識ばかり持ち続けていましたが、自発的考えも合わせて持ちつつあります。
でも、現時点での「キャリアが不足している。(メンヘルで休職期間があり、ブランクがあるのでその)年齢相応のスキルが無い。」いう理由で不採用通知が数多く来ております。

まずは、「責任」という言葉を一端忘れて、「権利」を行使しているのだと考えてみてはどうか。「私はこの会社で働く責任がある」のではなく、「私はこの会社で働く権利を行使している」のだと。それだけで、世の中の見え方がだいぶ変わってくるはず。自己責任ではなく自己権利。「やむなく」でなく「あえて」、「余儀なくされる」のではなくて「踏み切る」。

「権利を行使する」。それは「責任を果たす」よりもおそらくきつい生き方だ。「他人のせい」という最も手軽ないいわけを封殺してしまうのだから。しかし私の目から見て幸せそうに生きている人々は、一人の例外もなくそうしている。

誰かのせいにしているものは、結局最後には自分のせいにすることに行き着き、ますます自分を追い込む。まずは「他人のせい」にするのではなく、「自分のおかげ」にするべきだろう。単に自尊心が高まるだけではなく、自分の出来ない事をしている他者に対する尊敬も高まる。

うーん。
権利を行使する。その結果は全て自分に帰する。
それが「自己責任」なのでは無いのでしょうか?

言い方を変えることにより、気持ちの持ち方は変えられると思いますので、前向きにはなるとは思います。
しかし、言葉のすり替えに感じ取ったのが素直な感想です。

多忙な中、ご回答頂きましてありがとうございますm(_ _)m。

氷河期の猛吹雪にズダボロに引き裂かれた人々と、グングン成長した人たち - 分裂勘違い君劇場

氷河期の猛吹雪の中にいたのはid:repon氏やid:sync_sync氏などのように氷河に人生を押しつぶされた人たちだけではない。
id:dankogai氏、id:muffdiving氏、id:naoya氏、id:jkondo氏、そして僕自身も氷河期をくぐり抜けた。

ちょっと確認させてください。
氷河期というのは、一般的に(新卒)就職氷河期の事では無いのでしょうか?
就職氷河期 - Wikipedia

就職氷河期に就職活動を行った世代(大卒だとおおむね1970年代から1980年代初頭生まれ)は、氷河期世代と呼ばれることが多い。他に「貧乏くじ世代」(香山リカ)、「ロストジェネレーション」(朝日新聞が、2006年8月及び2007年1月の特集で使用)といった呼び方もある。

確かに、id:fromdusktildawnさんもdankogaiさんもこの不況期にはまだ既得権益層ではなかったかも知れませんが、既に社会人だった訳で。
一般に氷河期とかロスジェネとか言われるのは、この時期に就職が困難を極めて、就職する企業の選択肢が無いか極端に少なかった世代を指すのでは無いでしょうか?

バブル世代のように「内定拘束で沖縄とか」「毎晩銀座で学生を接待」とかは受けていないのでしょうが。

あの猛吹雪の時代、全員が助かる方法はなかった。
多くの人間の人生が破壊されるのは、愚かな政策の必然的帰結だった。

id:repon氏やid:sync_sync氏の人生がグロテスクなまでにグチャグチャにされたのもそのプロセスの一環だった。

だから、そうして傷ついた人々を「自己責任だ」と切り捨てて放置するのには、僕は異論がある。

なんらかの形で「社会的」に救済する必要があると、僕は思っている。

政策の犠牲者は、政策で救うのがスジだろう。

しかし一方で、猛吹雪の中でも自分だけが助かる方法など探せばいくらでもあったというのも事実だ。。。。id:dankogai氏、id:muffdiving氏、id:naoya氏、id:jkondo氏のような要領のよい人間たちにとっては。

id:repon氏やid:sync_sync氏が「自分はわるくなかった理由」を10個考え出している間に、「その状況から抜け出す具体策」を10個考え出す生き物がマッチョなんだ。

言い訳します。
言い訳は「したたかな選択を取れなかった」+「技術力の無さ」=「自分の自信のなさ」です。
今になってようやく分かった気がします。
そういう自分を作ったのも「自己責任=自己選択」なのかな。

マッチョな方をコールしたのは確実に僕の自己責任=自己選択ですが。

お二人の回答の共通点

まとめますとお二方のご回答は「明らかな異常な職場であることを察した時点でさっさと辞めるべきだった。そこで辞めないという「選択」をしたということは、自己責任(≒自己選択)である」と受け止めました。

これらと同様の発言をされた方はほかにもいらっしゃいます。

  • syncの主治医のカウンセラー

カウンセリングの治療時での言葉に、
「それはあなたの選択ですよ。」
以上挙げた3名の方に共通される点は、社会的・経済的に成功されているということです。

syncのカウンセラーはsync以外の患者はほとんどが外資系企業の社員が顧客で、マンションはすでに2軒もたれているとか。だから、下流で何が起きているのかはあまり知らない模様です。
(syncがなぜ、その先生に掛かっているかというと、主治医の紹介だっただけです。)

この3名の方だけで帰納的に断定するのはいささか不適切かもしれませんが、syncのこの苦しさに対する意見で「自己責任」「あなたの選択」という言葉を出すのは社会的かつ経済的に成功された方。

ネットカフェ難民とかホームレスにはなりえないだけの財産を積み上げている方なのです。

自分の置かれている環境を客観的に判断し、ベストの選択を取る。そして他人のせいにはしない。
そういう考えを2000年時点のsyncが持っていたら、ここまで苦しまずに済んだのかな?

一方syncに共感していただいた方は同様の経験を感じられた方です。

2008-02-27 - reponの日記 ないわ〜 404 NotFound(暫定)

大学卒業して1年後、とある会社に就職した。

当時自分は警備のアルバイトをしていて、昼夜逆転、平日と休日も逆転した毎日だった。就職する気にはなれなかった。就職すれば過労死するまで働かされ殺されると思っていたから。実際、警備をしていた病院では、看護師も事務職もばたばたと倒れていた。元気なのは目つきがイってしまった管理職ばかりだった。大学の先輩や同期の人間も、正社員になったものはボロボロになるまでこき使われるか、失踪する人間ばかりだった。ちょうど就職氷河期の真っ最中だったこともあって就職先が見つからなかったこともあるけれど、それ以上に自分には就職は遠い話だった。

初出社日、何気なくタイムカードを見てみた。出社時刻が午前になっていた。嫌な予感がした。

予感は的中した。勤め始めて1週間もしないうちに残業が始まり、2週間経つと上司からボロクソに貶されはじめ、1月後には午前様の仲間入りした。彼女と会える時間は深夜のひとときと朝食と駅までのバスだけになった。それでも、好きなコーヒーを挽きながら、立ち上る香りを、彼女とほほをくっつけて楽しむ時間は心が安らいだ。

社会的に有意義な仕事の実態は、前任者が積み残した残務整理と役員のパフォーマンスをこなすことだった。ミスを責められ、なじられ、何度も退職勧告をされた。土日も仕事に出ることが多くなった。上司は「自分勝手に残業するな!」と怒鳴った。「だらだらやっているからミスするんじゃないのか?」と残業を逆に責められた。

僕のタイムカードは、残業無しのきれいなものになった。残業時間が記録されていると問い詰められるから、退勤時間になるとタイムカードを押し、そのまま残業を続けていた。ほかの人間も似たようなものだった。

責められたのは些細なミスだった。内部の閲覧資料で、罫線のズレくらいどうでもいいだろう。しかし、上司はそれを責めた。そんな些細なミスばかりを怒鳴られ、容姿や態度に結びつけて貶された。個別に呼び出された。会議でつるし上げられた。

そしてそれから4年、まだ僕は同じ会社にいる。

どこにも行くところがないから。キャリアも何もない30代に、どこに行くところがあるというのだろう?辞めさせられないだけましなのだろう。いつ肩たたきされてもおかしくないけれど。

ハロワでは、仕事の能力うんぬんではなく、パワハラやいじめに耐える体力があるのかどうかが問われた。さすがブラック企業を軒並みそろえているだけのことはある。人材紹介会社も似たようなものだ。スタメンはみんなブラックだ。一覧で並んだ企業名をコピーして、「企業名 ブラック」でググってみるといい。2chのスレが上位に上がるだろう。

どこで「責任ある選択」をしなかったのか。6年前の部署替えの時か。彼女と別れたときか。職場に勤める前か。生まれる前か。どこかで間違えたのだろう。今も間違え続けているのだろう。だから今こんな不安定な状態なのだろう。ずっと間違え続けるのだろう。

自己権利の行使。そうだね、そうだね!あははははははは。

責任ある決断!責任ある大人!そうだね、そうだね!あはははははははははははははははははははははは。
ははは
はは

・・・泣きました。PCの前で泣きました。
就職氷河期で入った会社でパワハラ、メンヘル。彼女との別れ。
辛かったでしょう。とにかく生きてください。
そう。こういう生の声を出してくれるロスジェネの世代が居ると言うことが分かった。
戦友が居てくれたと言うことが分かったことが嬉しいです。
そして、何より辛かった体験談を書いて頂いてありがとうございますm(_ _)m

NC-15

 大事なのは、メンヘルになった後で自分がどう変わるか、どう周りに接するかだと思う。どんな経験でもそれを無駄にするか自分の栄養にするかは本人次第だと考えてる。
 俺はメンヘルになって、はじめて自分が見えてきたというか、強そうで弱い自分を認めて、受け入れることができた。自分を見つめるいい機会だと後になって思った。まあ、治りかけてるから言える言葉なんだけどね。
 ただ、自分の見ている世界、人間関係を少しだけ広げると、だいぶ楽にはなるかなと。
 間違って狂った世界にわざわざ合わせて消耗する必要はないと思うし、もし自分を取り巻く世界が自分からみて間違って狂ってると思っても、自分の本体はその世界の外においといて、狂った世界にいる自分は自分のコピーって感じで考えるといいかな。本体までその世界に置くことはないと思う。
 狂った世界から抜け出すのは逃げでもなんでもない。生きてくための戦術だよ。
 なので、まともな所に落ち着くといいなと思う。

ご自身の経験を元に語って頂きましてありがとうございます。
デスマーチの最中に心療内科には掛かりだしたのですが、「辞める」という判断をするほどの精神状態では有りませんでした。
その後、休職、復職、いくつかのドクター巡りなどを重ねて、ようやく緩解状態になり、
自分自身の生き方を冷静に考えられるようになったのはつい最近のことです。
ここまで支えてくれた、家族や主治医への感謝する気持ちを持ちつつ転職活動をすすめています。
風の噂では元職場は相変わらず逆三角形で何も変わっていないでしょうから、ここで退却したのは正しかったと思ってます。

自己権利から社会的責任へ - 想像力はベッドルームと路上から

それを用意するのが「社会」なわけで、社会が「選択肢」をほとんど用意できなければ、「選択」という「自己権利」も行使しようがないがな。僕も氷河期末期世代だから分かるけど、大貧民やって手札に3と4と5しかない状況じゃどうにもならなんよ、ってのが実感。マジで「革命」するしか勝ち目ないもの。

「大貧民やって手札に3と4と5しかない状況」
そう。まさにそうなのです。「けものみち」を選ぶのであれば、ボール紙で「ジョーカー」を用意して、そこで勝ち抜けるという方法もあったでしょうが、そこまでの勇気はありませんでした。3と4と5で戦うという「選択」をしたのです。

アレゴリー化する悲惨体験 - 過ぎ去ろうとしない過去

sync_sync氏は、自己責任を痛感すべきだ。もちろん、小飼弾なんかに教えてコールしたことをだが。

ぼくが診断するに、この人は末期の自己責任病患者である。

まずは、「責任」という言葉を一端忘れて、「権利」を行使しているのだと考えてみてはどうか。「私はこの会社で働く責任がある」のではなく、「私はこの会社で働く権利を行使している」のだと。それだけで、世の中の見え方がだいぶ変わってくるはず。自己責任ではなく自己権利。「やむなく」でなく「あえて」、「余儀なくされる」のではなくて「踏み切る」。

いやまさにそれこそ、(人質事件以降)一般的に理解されている意味での自己責任ですから!この考え方が身体に染み付いてしまうと、どんな体験談であっても、その人の心を一ミリも動かすことは出来ない。なぜならば、すべての悲劇的な体験談は、「適切なときに適切な判断を行わなかった話」というアレゴリーとしてしか理解されなくなるからだ。転職適齢期に転職しなかった。いびつなシステム(常識!)を見抜けなかった。まさに冬が来ると分っていてもキリギリスさんは遊んでいましたねと説明するような口ぶりで。小飼弾にとってsync_sync氏の体験談は、イソップの「アリとキリギリス」の話と同じくらいの価値しか無い。

上でも書きましたが、dankogaiさんのエントリは言葉の言い換えのように思えました。
結局「自己責任」「自己選択」ありきに思えます。

中間派

小市民も幸せに暮らせる社会へ - 雑種路線でいこう

どんな性格に生まれるかも、いつの時代に生まれるかも、結局のところ運だ。それを他責にしても詮無いし格好悪いから、パチッとモードを切り替えて、自分の性格で今の時代や世界とどう折り合いをつけていくかを考えなきゃいけない。弾さんはたまたま時代の流れに乗ったけど、それだけが正しい人生との向かい合い方じゃないんじゃないですかね。

僕はsync先輩に対してウジウジ文句いってないで世の中と折り合って逞しく生きろよ格好悪いぞって肩を叩きたい一方で、世の政治家や役人に対しては、早く日本をsync先輩のような典型的日本人が大切に育てられ小市民としての幸福を全うできるような、本来あるべき日本社会を恢復して欲しいと切に希う。

運が悪かったというのはありますよね。そこは同意して頂けて嬉しいです。
そして、「いい中学に入って、いい高校に入って、いい大学に入って、いい会社に入るんだよ」と尻を叩かれながら、企業の歯車の一員になった人間をも幸せになるような社会になるように政治家には頑張って欲しいです。

でも、他人のせいにしてはいけないというご意見は真摯に受け止めたいと思います。

まとめ

今、成功している方は「自己責任」を述べ、syncと同様の苦しみを味わい、その影響を残している方は賛同して頂けたという印象を受けます。
僕としてはメンヘルにならないようにたちふるまうようにする「自己選択」する事が出来れば良かったのですが、今から思うとメンヘルになったのは事故だったと思って、今回のエントリを機に後ろ向きから前向きにシフトチェンジ出来ればいいなと思います。

・・・でも、またネガエントリは書いてしまう。それがsyncという人間の骨の髄まで染みこんでしまった後遺症なのでしょうが。

皆様、本当にありがとうございました。
2008年3月2日 1:30am sync
<回答終わり>

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